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zoom RSS 靖国神社に関して

<<   作成日時 : 2006/08/16 13:04   >>

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icon 私は靖国神社が嫌いです。靖国神社と聞くと、まず先立つのは嫌悪感です。
 私は靖国神社に一度もお参りに行ったことがありませんし、行きたくもありません。連れられて行ったという記憶もないので、おそらくその境内に足を踏み入れたことさえないと思います。
 なぜそこまでの嫌悪感を抱くのかと言えば、それは国家神道と軍国主義に対する嫌悪から来ています。私にとって靖国神社とは、国家神道の代表であり、軍国主義の象徴であり、さらには国家が国民を都合よく利用するために作った出先機関です。また、靖国神社に祀られているに対する「英霊」と呼び名も私は好きではありません。
 しかし、その一方で、靖国に祀られている人たちは「国家の命によって戦地へ赴き、命を落とした人たち」という認識もあり、そうした人たちに対する思いもあります。ただ、その思いはどう表現していいかわかりません。そこにはさまざまな感情が入り雑じり、痛みと苦しみを感じるばかりで、私はそれを表現する言葉を持ちません。
 靖国神社というものを考えると、私の心の中の一方の側に、靖国神社や国家神道、軍国主義に対する嫌悪、さらに国家というものに対する不信と嫌悪が生じ、もう一方の側に、そこに祀られた人たちへの複雑な思いが生じてきます。それだけでも整理がつけがたいものとなっているのに、そこに太平洋戦争戦争で犠牲になったすべての人たちへの思いが加わるため、まったく整理のつかない心情が生まれ、考えをまとめることが非常に難しくなってきます。
 ですから、靖国問題に対する単純な解答や声高に主張される意見に対しては、まず不信の念を抱かざるをえませんし、嫌悪感だけでなく、憎悪さえ覚えることもあります。どうにも解決しえない問題、靖国神社や太平洋戦争に対する心情が解決しえないものである以上、自ずと靖国問題もそうしたものとなってしまうのでしょう。
 しかし、解決しえない問題であるとはいえ、どこかで区切りをつけなければならない問題であることも確かだと思います。区切りをつけることなく、その場その場の対応で、ズルズルと引っ張ってきてしまった結果が現在の状況をもたらしているのだと思います。これは未だに戦後が終わっていないことの現われでもあります。
 もちろん、あの戦争のことを忘れ、水に流してしまえなどという暴論を吐くつもりはありません。戦後生まれの私でさえ、靖国神社や太平洋戦争に対しては解決しえないどころか、整理しえない問題となっているのですから、そこにはそれだけの根深さと複雑さが存在しています。それだけの問題を強引に解決したものとして封印し、忘却の彼方へと流してしまおうとするのは、歴史の否定であり、個々の人の働きと命を無にすることです。
 過去を否定することは現在を否定することであり、そこには未来はありません。過去の人々の働きを無視することは、同様のことが現在や未来においても行なわれるということです。
 未来へと通ずる現在を創造するには、過去への検証は必要であり、そこから過去の出来事が持っていた意味性というものを鑑み、現在が持っている意味性と方向性を測らなければならないと思います。
 過去は消せません。過去からの歴史の流れの上に現在があることもまた確かです。しかし、いつまでも過去に引きずられた状態というのも、好ましくありません。
 靖国問題は根深く複雑な問題です。どんな解決策を示したところで、すべての人が納得しうることはないでしょう。しかし、戦後も61年目です。いつまでもこの問題を店晒しのまま放っておいてイイとは思えません。区切りをつけ、新たな段階へと進むためにも、何らかの方向性をもって問題の解決を図らなければならない歳月はすでに迎えているはずです。今のままでは、あの戦争で犠牲になった人たちも靖国に祀られている人たちも浮かばれないことだと思います。

 では、靖国問題に区切りをつけるにはどうしたらいいのか。靖国問題の争点は、大きく2つです。ひとつはA級戦犯合祀の問題。もうひとつは政教分離の問題です。
 A級戦犯合祀の問題に関する私の意見は、「A級戦犯が合祀されている以上、首相や国務大臣の参拝はすべきではない」です。なぜなら、サンフランシスコ平和条約において極東軍事裁判の判決内容を受諾した以上、「A級戦犯」は戦争責任者であり、それが祀られた神社を参拝することは、戦争犯罪者を礼賛する行為となり、日本の戦争責任を忌避する行動になるからです。
 これは心情の問題ではなく、論理の問題です。また、国内的な問題であるより対外的な問題です。実際、中国や韓国などが問題としているのは、このA級戦犯合祀の問題です。
 無論、この意見に対しては反論が出てくるのはわかっています。極東軍事裁判は不公平なもので、A級戦犯とされた人たちを戦争責任者として断罪することは不適当だという見解もあります。
 個々の事例については詳しい検証と考察が必要だとは思いますが、全体としては確かにその通りだと思います。しかし、国家が他の国家を裁く、端的に言えば、勝者が敗者を裁くのですから、それが公平なものになるはずがありません。それに、A級戦犯を認めないというのであれば、戦争責任をどうするのかという問題が出てきます。これは、軍事裁判が行なわれた当時にまさに存在していた問題だったでしょう。
 戦争の終結を確たるものとするためには、その責任を誰かにとらせなければならない。現代に生きている私からすれば、戦犯とされた人たちだけでなく、日本に生きていた人たちそのすべてが大なり小なり戦争の責任というものを担っており、その負の十字架を背負ってゆかなければならないと思っています。
 しかし、戦争終結の区切り、またそのデモンストレーションとして、戦争の遂行と継続を進めた者を特定し、裁かねばならない。極東軍事裁判とはそういう性格のものであり、戦争犯罪者を確定づけるためのものなのですから、それが公平性を欠いたものであるのは当然であり、その裁判で戦犯、とりわけA級戦犯とされた人たちについても、それが正しかったのか、疑問が残ります。
 しかし、日本はその判決を受諾し、国際社会へと復帰したのですから、いったんそれを認めおきながら、国際社会に復帰し、復興なった後になって、四の五の言ったところで、そんなものは通用しないのが道理です。もし極東軍事裁判に異議を唱えるのであれば、少なくとも日本の側から新たに戦争責任というものを明確なものとし、その責任者を認定する必要が出てきます。それをせずして単に異議を唱えるのでは、通用しないばかりか、戦争責任の回避と捉えられます。
 ですから、国際社会の場においてA級戦犯を認めた以上、首相や国務大臣がA級戦犯が合祀された神社を参拝することは不適当であり、参拝すべきではないとなるのです。不本意であろうが、不条理であろうが、そう承認してしまった以上、それに合う行動を取らなければならないのは仕方がないことです。
 また、A級戦犯とされた人たちに戦争責任を押しつけてしまったという負い目からか、A級戦犯を一種の殉教者と見做し、合祀を正当化なものと捉える人たちもいます。しかし、それと首相の参拝は別問題です。A級戦犯の認定が国際的な問題として行なわれた以上、首相がA級戦犯の合祀された神社に参拝することは国際的な問題であり、それを国内の問題とし、他国からの非難を内政干渉とするのは誤りです。
 もちろん、A級戦犯とされた人たちに戦争責任を押しつけたままでイイとは思いません。なぜあの戦争が起き、あそこまで行き着いてしまったのか、そうしたことに関する検証と考察は必要です。しかしながら、国際社会においてはその通りに認定され、日本もそれを承認したのですから、それに従わざるをえません。
 復興して経済的にも発展し、国際社会で地位を得たからと言って、それを背景に「あれは認めないよ」というのではスジが通りません。また、力をつけたら我を通すというのでは、再び軍国主義へと向かうのではないかと危惧されるのも当然です。
 ですから、A級戦犯合祀の問題における首相の参拝については、首相の行動次第であり、解決しようと思えばすぐにでも解決できるものです。これはあくまでも対外的な問題であり、論理の問題です。どこかの総理大臣が言うような「心の問題」ではありません。

 残るもうひとつの問題は政教分離の問題です。これに関しても、裁判で違憲、もしくは違憲の疑いありという判決が出されています。とは言え、解釈や判断に揺れがあることは確かであり、参拝の仕方によっても判断は分かれるものとされています。
 ただ、公私の別ということに関しては、参拝はあくまでも「公人」によるものと私は考えます。内閣総理大臣、ならびに国務大臣の職務には高い公共性があるのに加え、その地位の持つ影響力からして、限られた範囲のものしか「私人」としての活動とは見做されないと捉えます。これは本人がどう思っているかの問題ではなく、その行為のもつ影響力や意味性の問題であり、内閣総理大臣や国務大臣の職にある以上、ハレの場における活動は「公人」によるものとして捉えられるということです。
 ですから、首相や大臣の靖国神社参拝は、「公人」によるものであり、それを「私人」によるものとするのは、誤魔化しによる問題の回避であり、問題解決にはならないということになります。では、「公人」としての靖国参拝は、憲法に抵触するか否か。これに関しては、判断がつきません。
 政教分離ということでは、問題となるのは宗教的色彩よりも、政治的な意味やその影響力の方だと私は考えます。たとえ神道の宗教色を薄めたとしても、首相が靖国神社に参拝することで靖国神社が特別なものとして認知され、扱われるのであれば、それは政教分離の原則に反するものだと思います。それ以前に、宗教色を薄めた参拝という行為に、そもそも意味があるのかという問題が出てきます。
 神道という形式によって祀られているのであれば、その形式にのっとってお参りすることが礼だと思います。それをせず、別な形式、と言うより、宗教的には何ものでもない形式によって行なうのであれば、参拝するという行為自体が必要なのかという根本的な疑問が生じてきます。また、宗教的には何ものでもない形式で参拝することを認めるのであれば、それでは靖国神社とは何なのだという靖国神社の存在の根幹を揺さぶるような事態になりかねません。しかし、一宗教法人である靖国神社に対し、その形式にのっとって参拝を行なえば、憲法に抵触する可能性が高くなります。

 ここにきてようやく靖国神社問題の根本的な要因が見えてきました。ここまで、靖国問題の争点には大きく2つあり、ひとつはA級戦犯合祀の問題であり、もうひとつは政教分離の問題であり、両者について述べてきました。
 しかし、その2つの争点は表面的に現われたものにすぎず、その根底には「靖国神社とは何なのだ」という問題が通底していると考えられます。そうして、「靖国神社とは何なのだ」ということを考えたとき、靖国神社というものが、戦争終結までは国家神道を代表するものとして国家の管理下にあり、国家のために戦争で殉じた人々を祀る場であったものが、戦後は国家から切り離され、一宗教法人として存在しているという靖国の歴史を知ることになります。靖国問題の根本的な要因は、設立からの変遷過程にあると考えられます。
 靖国神社が護国神社として国家のもと、正確に言えば、陸軍省と海軍省の管理下にあったままであれば、現在のような問題は生じなかったかもしれません。しかしながら、戦後は一宗教法人となり、国家の統制下から離れ、政府も靖国の活動に対して何の責任も負わなくなりました。A級戦犯合祀に関しても、それは靖国神社が行なったことであり、政府が命じて行なわせたものではありません。戦後の日本政府にはそんな権限もなければ、そうしたことをすること自体が憲法違反です。
 ですから、靖国神社が一宗教法人である以上、靖国問題は靖国神社自身の問題であるのです。極端な言い方をすれば、A級戦犯にせよ、他の軍人たちにせよ、靖国神社に祀られている人たちは、靖国神社が勝手に祀っているだけということになります。
 こんな言い方をすると、「国のために殉じた人たちの死を貶めるのか」といった反論が出てくることと思います。しかしながら、かつては国家の神社でしたが、現行憲法下では単なる一宗教法人であり、何ら特別な神社ではありません。
 確かに、国家のために殉じた人たちを祀っているということでは、特別な意味合いを持つ神社です。しかし、そこに特別な意味を感じるか否かは、現代に生きる私たち個人個人の問題です。靖国神社を単なる一宗教法人と捉え、特別な意味を感じないからと言って、戦死した人たちに対しても、何らの感情を抱かないということにはなりません。
 また、靖国だけを特別だと言うのであれば、個人の死に等級をつけることにもつながりかねません。戦地に赴いて死することは、本土において犠牲になった死よりも、上だと言うのでしょうか。戦地より帰還し、戦争中の苦しい体験を抱えながら生き、死んで行った人たちは、「英霊」として祀られた人たちより下なのでしょうか。
 確かに、国のために戦い、殉じて行った人たちを祀る場は必要でしょう。そうした人たちに対する感謝の念も忘れてはいけないと思います。しかし、そうした人たちを特別なものとし、その人たちを祀った場をことさらに特別扱いすることに私は賛同できません。かつて日本の軍国主義は、靖国に祀られることを栄誉とし、そのことを利用して国民を戦地に赴かせていったのですから。
 それに、靖国神社は「国家のために戦って死んだ人」を祀るための場です。「国のため」ではありません。「国家のため」です。しかし、実際に靖国神社に祀れている人たちの中で、「国のため」ではなく、「国家のため」に戦おうとした人たちはどれだけいたのでしょうか。
 私の母方の祖父は、太平洋戦争中、ビルマ(現ミャンマー)に出征し、終戦後はそこの捕虜収容所に収監され、その後、帰国しました。その祖父が亡くなった際、形見の中に捕虜収容所にいた頃の日記があり、私がそれを譲り受けました。それを読むと、中に書いてあったのは望郷の念であり、祖国に残して来た家族への思いでした。そこからわかったのは、祖父は家族が生き自らの故郷である「国のため」に戦ったのであり、靖国に合祀される条件である「国家のため」に戦ったわけではないということです。
 生きていた頃、祖父は何度も東京に来て私の家に泊まっていました。小学生の時分には一緒にお風呂に入り、ビルマでの話を聞いたこともありました。しかし、戦場において、どんなことがあったのかということについては話してくれることがありませんでした。また、祖父が靖国神社に参拝しにいったという記憶はなく、行ったと言えば、まず浅草寺でした。
 祖父の一例をもってすべてとするわけではありませんが、「お国のため」と戦地に赴き、死んで行った人たちの言う「お国」とは、自分の生まれ育った故郷としての「お国」であり、家族など大切な人が住んでいる「お国」ではなかったのではないのでしょうか。自らを戦地へ追いやるようなことにした「国家」のために、戦い、死んで行った人たちはどれぐらいいたのか。靖国神社のことを考えるとき、私はこのことを思わざるをえませんでした。
 だからと言って、その数や割合を知りたいなんてことではありません。靖国神社のことが問題とされる際、決まって「国のため」ということが口にされるけれど、そこに祀られた人たちを簡単に「国のため」とまとめてしまって良いのか、疑問に感ずるということです。
 あの戦争で死んだのは、無数の個人です。それぞれに背負っているものがあり、思いがあり、生への願いがあったはずです。そのそこに生き、死んでいかざるをえなかった無数の個人ひとりひとりの存在を忘れ、そのまとまりとしての戦死者という観点だけからそれらの死が語られることの方が、私には死者に対する非礼と感じられ、そうした観点が幅を利かすようになれば、戦争への道を進む危険性が高くなると考えています。
 ですから、私は靖国神社を特別なものとすることができないのです。無論、靖国神社を特別視する人がいてもいいし、そこに参拝することも自由です。また、たとえ私自身は嫌悪しているにしても、靖国神社は廃止すべきではないと思っていますし、宗教法人格をはずして、無宗教の組織として再編するという考えにも賛同できません。英霊が祀られている靖国神社に参拝する自由を奪うのであれば、それもまた憲法違反でしょう。

 靖国神社の存在をどう捉え、そこに祀られている人たちにどういう思いを抱くのか、それこそ個人の「心の問題」です。ただ、現在の靖国神社は一宗教法人にすぎません。そこに誰を祀るか、どのような方向へと向かうのかなどについては、靖国神社自身が決めることです。
 靖国神社は、すでに国家のもとに存在している護国神社ではありません。ですから、A級戦犯合祀の問題にせよ、合祀を望まない遺族の人たちからの要望にせよ、民間の一宗教法人としての対応が必要とされていると私は考えます。
 首相や大臣が靖国神社参拝するか否かは、政治的な問題であり、A級戦犯が合祀されている以上、それは内政上の問題ではなく、外交上の問題です。しかし、靖国神社のあり方は靖国神社自身の問題であり、それに政治は口出しすべきではありません。
 靖国神社の問題が依然として存在し続けているのは、一方で、それだけこの問題が、歴史的な要因や論理では割りきれない個々の心情などが絡み合い、複雑なものであるということの現われです。しかし、その一方で、政教分離が未だなされていないということの現われでもあります。国家の統制を離れ、一宗教法人となった靖国神社は、決然とかつての国家神道から離れ、自らの存在意義を今一度現代の枠組みの中から問い質してゆく必要があると私は考えます。より多くの人からわだかまりなく参拝されることは、そこに祀られている人たちに対する何よりもの礼だと思います。

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