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zoom RSS クソだな、こいつら

<<   作成日時 : 2006/11/11 15:29   >>

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icon 高校での履修漏れ問題、正確に言えば、履修漏らし問題が持ち上がっている一方で、教育改革タウンミーティングでの「ヤラセ質問」までもが発覚。それでもなお、教育基本法改正はごり押ししてゆく。文科省はもちろんのこと、安倍内閣のクソッたれぶりも次第に明らかになってきていますね。

 安倍首相は10日夜、政府主催の教育改革タウンミーティング(TM)で「やらせ質問」があったことに関連し、「教育基本法の問題と、このタウンミーティングの問題は別の問題だ。教育改革を進めていく上においても、速やかにこの教育基本法の成立を図りたいと思う」と述べた。TM問題の調査状況にかかわらず、今国会で教育基本法改正案の早期成立を目指す考えを示したものだ。首相官邸で記者団に語った。
 また、自民党の二階俊博国会対策委員長も同夜の那覇市での講演で「教育基本法を60年ぶりに改正しようとしている。(それに比べ)タウンミーティングでやらせがあったなんて、やる方もやる方だが、誠につまらん」と指摘。「いつまでも慎重審議に引きずられていては、政治の生産性が上がらない」と、首相と同様の考えを示した

 自分たちに都合が悪いことにはほっかむり、とにかく何が何でも教育基本法を改正したいようですね、このクソどもは。曖昧な発言で都合の悪いことを糊塗してきた安倍ちゃんも、バケの皮がはがれてきて、その顔同様、首相としての見た目もだいぶ崩れてきてます。

 しかし、どうしてそこまで教育基本法を改正したがるのでしょう。こんなものを改正したところで、現在、噴出しているイジメ問題の解消には一向に役に立たないことは明白。そればかりか、「いったいそれで何が良くなるの?」と、その効果さえ疑いたくなるような代物なのに、それでも横車を押してでも改正しようとする。
 単に教育改革を行ったという名目が欲しいだけなのか、それとも、教育基本法を改正した先にコイツらにとって都合の良いことがあるのか。いったいどちらなんでしょうね。

 そう言えば、安倍内閣が発足してから、突然にイジメ問題が表面化するようになってますけど、これなんかも怪しいところです。文科省へのイジメ報告は毎年ゼロだったということからすれば、イジメ問題は以前、確か10年ぐらい前だったと思いますけど、表面化してた頃からずっとなくなっておらず、ただそれが潜在化していただけということなのでしょう。
 これまで潜在化していたということは、現在同様、イジメによる自殺なども起きていたと思います。しかし、それは文科省には報告されず、学校側にもみ消され、マスコミでも報道されず、周囲のものしか知らない事件として終わっていた。だが、教育改革を掲げる虚飾の安倍内閣が発足すると、突然、それが顕在化するようになった。
 今のマスコミが政府の一広報機関となり、単なる提灯持ちに成り下がっていることを考えると、ここにウサン臭さを感じざるをえません。「だから教育改革が必要なのです」、マスコミ報道を見ていると、そう言っている安倍首相の崩れた顔が思い浮かんできちゃいます。履修漏らし問題が表面化してきたのも、その流れの中にあるのかもしれません。
 こうした中でタウンミーティングでの「ヤラセ発言」までも発覚したのは、ご愛嬌なのか、手違いなのか、勢い任せのオマケなのか、いずれかはわかりかねますが、そのタウンミーティングでの「ヤラセ発言」など、二階俊博国会対策委員長の発言通り、まさに「やる方もやる方だが、誠につまらん」と思えてきます。何しろ、現在、表面化している教育に関する問題自体が、マスコミを含めてのヤラセと思えて仕方ないんですから。
 もちろん、事件そのものがなかったというわけではありません。個々の事件は確かにあったのだろうし、それは今に限らず、これまでもあったのでしょう。ただ、それが今までまったくと言っていいほど顕在化してこなかったのにもかかわらず、「教育改革」を唱える安倍内閣が発足すると同時に、あたかもそれに大義を与えるがごとく、次々と表面化してくる。虚飾の内閣にふさわしい状況です。

 この前も書いたけど、本当に教育改革をなしたいと思うのなら、まず「大人改革」から始めなければなりません。大人を改革することなくして、教育を始めとする子供たちが置かれた状況が変わることはありません。にもかかわらず、社会を動かし、子供たちの範となるべき大人たちは、自分たちのことはそっちのけで、ただ制度をいじり、子供たちをイイように動かすだけで、状況は変わると思い込んでいる。
 自らを変えることをできない者は、世界を変えることもできません。自ら変わろうとすることなく、他者を変えようとするのは、単なる支配です。そんなこともわからない輩が、首相や政治家をやっているのですから、教育はもちろんのこと、世の中だって良くなりようがありません。

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内 容 ニックネーム/日時
わたしも、ここんところの一連の動き、なんか、胡散臭いなぁと思ってた。
この時期になぜ、突然、未履修問題?
いじめがなぜこんなに、クローズアップされる?
マスコミが情報操作するのは、朝飯前。
今回の教育改革の中身を知らないので、すぐ、調べてみようと思いますが、その先に、何があるんだろうか…
すごく、気になります。
どうせ、アメリカが絡んでるにちがいない。
鼻イタ
2006/11/11 16:23
 教育基本法に関しては、アメリカは関係なく、自分たちに都合のイイ人間を作り出したい連中の画策によるものだと思います。文言を変えて、公明党のご機嫌取りをし、誤魔化してはいるけど、所謂「愛国心」、もし「その先」があるのだとすれば、これが鍵を握っていることは間違いないでしょう。
 理由なんかどうだっていいんですよ、自分たちの思うがままにやるのには。ただ、その名目が立ってさえいれば、一応の体裁は取れ、何だってできてしまう。「愛国心」だとか「郷土を愛する心」だとか言った曖昧な文言を用いれば、自分たちにとって都合のイイこと、悪いことに応じ、その解釈を恣意的になしてしまえば、すぐさま「愛国者」と「非国民」こさえることができてしまう。
 教育基本法は、生徒を縛る前に、まず学校行政、そうして教員を縛るための法律ですから、自分たちにとって都合の悪い教育をなすような学校や教員は、この法律で抑え込んでしまえ。「その先」に隠されているものがあるとすれば、そういうものだと思います。
鈴実
2006/11/12 21:47
ふぅーん。
日本の教育は地に堕ちました。
その責任を、現場になすりつけて、現場を改革すれば、美しい日本になるはず、というストーリーですか…
何か、アベ首相が、そういう題名の本を書いてるようですが、読んでないので、的外れなことを言うかもしれませんが、美しい国というのは、愛国心に満ち溢れた国ということ?
自分たちの思うがままにしたい、ということは、何かしたいことがあるんですね。
何をしたいのかしら?
鼻イタ
2006/11/12 22:55
 あんなものを読む必要はないでしょう。私も読んでいません(読んだら、おそらく途中でブチ切れて本をぶん投げてると思う)。
 安倍のような無能なボンボンが考える「美しい国」なんてものは、すぐに察しがつきます。自分のことを誉めそやしてくれる人が溢れ、自分の都合イイように動かすことができる国、それがあの手の人間にとっての「美しい国」です。まっ、どっかの国の将軍さまと同じです。
 以前、靖国問題のときにも書きましたが、「国」ということに関しては、それが「郷土としての国」のことなのか、それとも「国家としての国」のことなのか、はっきり意識しておく必要があります。それを意識していないと、両者の間で平気ですり替えが行なわれ、都合のイイように物事が運ばれるようになります。
 何がしたいかなんてことはなくても、自らが神や救世主のように崇められ、そうしたものに等しい力を持つことは、何事にも替えがたい心地よさをもたらすものです。人の心の中には、そうした傾向が存在しています。
鈴実
2006/11/13 09:06

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