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zoom RSS 少子化対策は要らない?

<<   作成日時 : 2007/02/10 03:09   >>

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icon 「女性は子どもを産む機械」や「子どもを2人以上持ちたいと思うのが極めて健全」という発言で物議を醸し出し、野党ばかりか与党からも叩かれている柳沢厚生労働大臣ですが、考えてみれば、これらの発言、至極全うなものなのかもしれません。
 もちろん、柳沢厚生労働大臣を擁護する気などさらさらありません。また、柳沢厚生労働大臣の思慮の浅さ、国語力の低さも、やはり否定できません。ただ、「少子化対策」を担当する厚生労働大臣、また、厚生労働大臣でなくても、「少子化対策」に関わる人間は、大なり小なり、柳沢厚生労働大臣と同じ意識を持ち、こうした発言を放つ必然性を持っていると考えられます。

 「少子化対策」とは、出生率を上げることを目的としており、これを平たく言えば、「産めよ増やせよ」であり、「もっとナマでバンバンセックスして子供を作れや」、「もっと子供を産んでください」ということです。そこには、潜在的に女性を子供を産ませる手段として見る意識が内包されており、子供を産むことを是とする価値観が盛り込まれています。
 たとえ「少子化対策」というものを好意的に捉えるにしても、出生率の向上を目的とする対策が、子供を産まないという選択肢を積極的に是認できるはずがありません。それを積極的に認めるというのでは、自らの意義を否定することになります。ましてや子供を産めない女性など論外です。そうした女性は出生率の向上には寄与することがないのですから、埒外の存在であり、「少子化対策」という観点からは対象外の存在となります。
 ですから、「少子化対策」が出生率の向上を目的とする以上、それを担当する人物は誰であれ、性別や個人的な意識というものにかかわらず、柳沢厚生労働大臣と同じ間違いをしでかす危険性を持っているのです。おそらく厚生労働大臣が代わったとしても同様の発言は繰り返されるでしょうし、「少子化対策」という観点に捕らわれている以上、こうした発言は今後も出てきます。

 「少子化問題」ということを考えた場合、なぜ出生率が低下してきているのかということを考える必要があるのは言うまでもありません。そこにはいくつかの大きな要因があると思います。晩婚化や非婚化というのもあるでしょうし、「産みたくない」という女性が増えているというのもあるでしょう。また、「産みたいけど産めない」というのもあるはずです。
 それらを考慮してみると、「少子化問題」というのは「少子化」という枠組みではなく、もっと広い枠組み、「いかに生きるか」「いかに生活してゆくか」というものにつながっていると思います。その「いかに生きるか」という課題の中で、「産めない」という選択肢を持ってしまった人もいるでしょうし、「産まない」という選択肢を選ぶ人もいるでしょう。また、「産みたいけど産まない」という選択肢を取っている人もいると思います。
 「子供を産むのかどうか」という、本来「いかに生きるか」という広い枠組みにある問題を、「少子化」という狭い枠組みで捉え、さらに「少子化対策」という狭い枠組みでそれにあたろうとするから、有効な対策を取りうる以前に、狭められた意識から問題発言が先行してなされるようになるのです。
 たとえ「少子化」という問題があるにせよ、それは「出生率の向上」ということを目的とする「少子化対策」によって取り組むのではなく、「生きる」「生活する」という観点から捉え直してゆく必要があると私は考えています。「生きにくい社会」「生活しにくい社会」では、仮に子供を産みたいと思っても、安心して産むことはできないでしょう。そんな社会では自分のことだけで手いっぱい、子供を産もうなどと考える気にさえなれない、なんてこともあるかもしれません。
 問題は「生きにくい社会」「生活しにくい社会」をどうするかということであり、いかにして出生率を上げるかということではありません。出生率を向上させるという狭い枠組みからの取り組みでは、おそらくこの問題は解決しないでしょう。その観点からでは、結局のところ、女性を子供を産む手段として捉えることから脱せておらず、それは人を人として見ていないということです。
 そもそも「少子化」が問題となっているのも、社会の活力の低下ということや、財政の不均衡ということからでしょう。こうしたものの見方自体が、人を人としてではなく、社会の歯車として見ているということの現われです。人を人として捉えずに、どうして「生きにくい社会」「生活しにくい社会」を改善しうるというのでしょうか。
 ですから、「出生率の向上」は結果としてそうなればイイというところに留め、「少子化対策」ということだけでなく、「少子化」という問題意識さえも捨て去り、より広い枠組みで問題を捉え直し、その改善を図った方が、結果として少子化対策につながる。逆説的なもの言いですが、私はそう考えます。

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■「産め産め節」を唱える「産め産め族」 ...続きを見る
ぷにっと囲碁!なブログ 〜囲碁とほっぺた...
2007/02/12 10:07

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
男性にもっと甲斐性があれば、結婚率も出産率も伸びると思いますが・・・。と女性は言いますが、それはイコール、他の国から今よりもまだ安く材料を買って来て製品を製造し、他の国へ今より更に高く売れと言う意味ですよ。
 地球に66億の人間が住んでいますが、資源が殆どない日本、何処の国から今以上安く材料を買えというのですか?相手は極貧状態ですよ。
 ちょっとした女性の我がままが、今日まで国と国との間の戦争を起こした歴史があり、出陣するのはいつも男性です。
 そして、何時も史実では男性が戦争を起こしたことになっている。
 生きるか死ぬかの選択をする場所に、好き好んで行きたい者がいるか!この阿呆が!
 女性の浅知恵!簡単に発言するな!いい加減にせい!男女同権の時代だ!今度はお前が行け!
男女同権の時代
2007/02/20 00:27
 クダを巻きたいのなら、他所でやってください。酔っ払いの愚痴につきあうつもりはありません。
 それと、女性を阿呆呼ばわりする前に、自分のお粗末さを省るように。
鈴実
2007/02/20 01:41
 どうもこんばんは。報告が送れて申し訳ありませんが、この記事にトラックバックさせて頂いた、都筑てんがと申します。

 「少子化問題のゴール=出生率の向上」と考えているうちは、この問題の根本的解決は難しい…と思います。

 「産む」ための政策ばかりがクローズアップされがちで、「育てる」「育つ=生きる」の部分の対策がおろそかになっているから、「育てる余裕がないから産めない」「そもそも自分達がマトモな生活を送れないから産めない」…ってなってしまってるんですよね…。

 「産む」は出来ても「育てる」が出来ていないと意味が無いし、「育つ=生きる」がマトモに出来ていなければ、そもそも「産む」も「育てる」もできなくなってしまう。

 そういう意味では、自殺者問題、労働者問題、教育問題、バリアフリー問題、治安問題、年金制度の問題、環境問題…など、「産む」「育てる」「育つ=生きる」に関するあらゆる事が「少子化問題」と繋がっている訳で…。

「少子化問題」は、実質的には「出産難問題」「子育て難問題」「生活難問題」な訳で、お偉いさん方には、そこのところを見据えた政策を行って欲しいですね。
都筑てんが
URL
2007/02/21 01:36
 都筑さん、はじめまして。コメント&TB、ありがとうございます。
 この前、テレビで「マトリックス・レボリューションズ」が放映されてましたが、政治家や官僚たちにとっては、一般の人間なんて「マトリックス」で培養されている人間と同じなんでしょう。
 数が減れば自らのエネルギー源も不足することになるから困るけど、それはあくまでもエネルギー源として重要なのであって、人間としてはどうでもイイこと。聞こえのイイ言葉を並び立てて現実にある問題を糊塗し、国民を居心地の良さげな仮想現実の中にいさせようとしてるのでしょう。
 たから、「少子化問題」についても、いつまでたっても「出生率の向上」という観点からしか見ることができない。いかにして働きアリの数を増やすか、彼らの問題意識はそこにしか向いていないのでしょう。
鈴実
2007/02/22 02:36

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