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zoom RSS プライオリティ・セオリー

<<   作成日時 : 2007/12/11 00:16   >>

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icon なんて書き方をすると、それらしい響きになるかなと思ってそうしてみましたけど、これ、要は優先順位をつけるっていうことです。いくつかのもの事に当たる際、またいくつもの出来事があって混乱しているとき、それらの優先順位をつけ、上位のものを得るためには下位のものは切り捨てても構わないとする、それがプライオリティ・セオリーです。
 体はひとつ、手は2本、人が手に出来るものには限りがあります。それをあっちもこっちもとなれば、諺通りに二兎追うものは一兎も得ずとなるか、中途半端な形で終わるのが関の山です。
 だから、優先順位をつける。そうして、プライオリティの低いものは、後回しにするか、捨て去るかして、優先度の高いものをまず取りに行く。
 これ、重大なことに対してばかりではなく、日常の些細なことでも役に立ちます。その日、そのとき、何を優先させるのか、それが決まっていれば、取るべき方策も見えやすくなり、切り捨てるものをさっさと切り捨ててしまうと、その分、自由に動けるし、気も楽になります。

 さて、今日のニュースを見ていると、我が国の総理大臣殿のプライオリティは、自国の民よりも、国のメンツと言うか、アメリカさまの方に向けられているようでした。何せ薬害C型肝炎訴訟に関して、「今はムリムリ」と、政治決断を示さないばかりか、首相官邸を訪れた原告団には会わず、「あれ、来てたんですよね」と、すっとぼけた感じで記者団の質問に答えていたぐらいですから。
 一方、アメリカさまへのご機嫌取りのための新テロ対策特別措置法案については、是が非でも通すぞと、国会の更なる会期延長も考えているばかりか、衆院での2/3の再可決も辞さないぞと、強気の姿勢を見せ始めている。
 ホント、この国の政府はいったい誰のために働いているんでしょうね。自らのミスと手抜きによって自国の民が被害を受けて苦しんでいるというのに、それを救おうとするどころか、そこから逃げ回っている始末。だけど、アメリカさまにはついていきますよと。
 自国民を救おうとせずに、何が国際貢献ですか。お為ごかしもここまで来ると、その非をあげつらう気力すら薄れてきます。

 ハンセン病補償法訴訟の控訴断念の際には、当時、官房長官だった福田ぬらりひょん康夫首相が意地を見せ、控訴せずに済む道を開いたとのことですが、今回は見事にぬらりひょんの本領を発揮してくれちゃってます。
 まあ、記者団との受け答えを見ていると、「本当は全員救済にしてあげたいのだけど、あたしだけじゃ、どーにもならないの。ムリなの」って感じで、苦し紛れののらりくらいのようにも見えます。原告団との面談から逃げ回っているのも、その人たちを前にしたら、自らの情と状況との板ばさみに耐えられそうにないからかな、なんてことも思いました(前総理の小泉君だったら、性根が冷淡にできているから、おそらく会って涙するぐらいのことは出来たでしょうね)。

 と、福田首相に対し少し甘めの視線を向けてみましたけど、しかし、そう考えてみると、国の出す和解案は薬害被害を受けた人たちには厳しいものとなることは確定的だということになってしまいます。まだ余地があるのなら、会うぐらいのことは出来たでしょうし、記者に対し、あんなすっとぼけた答えを返すこともなかったと思います。
 被害者救済ということはもちろんですが、支持率ということを考えても、全員救済への道は、最優先事項とすべき案件です。にもかかわらず、あのすっとぼけ。あれでは被害者の一縷の望みを断ちきるようなものですし、自身の支持率が落ちるのも自明のことです。でも、そうせざるをえない。
 その一方で、新テロ対策特別措置法案は何としてでも通すという姿勢を見せ、ガソリンの価格が高騰しているというのに、ガソリン税の暫定上乗せ分は据置き。ホント、この国はいったいどうなっているんでしょう。

 私が大好きだったマンガ『蒼天航路』の後半は、曹操と儒者との戦いということが中心となっており、儒教の元、個人を隷属させ、その才の自由な発露を許さず、国の発展の弊害となるものとして儒者は描かれておりました。また、その前半においても、権力を私物化し、民を虐げ、国を乱し腐敗させた元凶として、十常侍を筆頭とする宦官たちや権力者の姻戚たちが登場していました。
 現代のこの国にも、そうした儒者や宦官のような亡者たちが権力の中枢に巣喰い、自分たちのためのシステムを作り上げ、その築かれたシステムそれ自身も一個の生命体のように、内部にいる人間を飲み込んで自らの維持、延命に努めているのでしょう。
 曹操が「唯才」を掲げ、儒者との対立を鮮明にしたとき、自身もまた儒者の一人である荀ケ<ジュンイク>は曹操に対し、「儒者とはもっと密やかでどうしようもなくしたたか、実に悲愴な生き物です」と吐露する場面があります。
 現代の日本の政治や行政の場にも、そうやって密やかにどうしようもなくしたたかに蠢いている怪物が潜んでいるのでしょう。そうして、政治上、行政上のプライオリティに、その意思は反映されているのだと思います。

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