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zoom RSS アホくさ

<<   作成日時 : 2003/01/14 04:52   >>

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icon 昨日は成人の日ということで、各地で成人式が行われていましたけど、毎年毎年、何ともまぁ、同じことが繰り返されているようでしたね。
 あたしが成人となったのはもう昔のことですけど、成人の日には、区が開催した成人式なんてものには出ず、昼過ぎにのそのそと起き、それから場外に行って馬券買ってました。だって、成人式なんてものに出て退屈な時間を過ごすぐらいなら、競馬をやっていた方がよっぽど楽しかったですから(そのときのダイヤモンドSは取ったはず)。

 と、あたしみたいなハグレもんは、元よりそんな式典などには出る気も起こらないはずなんですが、最近はそうじゃないみたいですね。おそろいのカッコで馬鹿ヅラ下げてわざわざ退屈な式典に首席し、騒ぐやら、暴れるやら、ホ〜ント、バカ丸出しの幼さ。お仲間同士群れて虚栄を張り合うなんてことは、10代半ばで卒業するもんでしょう。
 まあ、テレビで放映されるものなんて話題性優先、その手の目立つバカを中心に映し出しているんでしょうけど、そんなバカども以外の面々も、どれも似たようなカッコでもって、カメラを向けられりゃ、ほとんど同じリアクション。こいつら、ホントにひとりの人間かと、その類型化されたありように気持ち悪さを覚えてしまいます(ああっ、みんなで仲良くちぃ〜ぱっぱっと)。

 だいたい成人式なんて、今はもう完全に形骸化していて、成人、そうして社会に参入するイニシエーション(通過儀礼)としての意味を失っています。かつての元服や裳着と言った儀礼は、それを経ることによって、大人としての扱いを受けるようになるという変化がありました。また、現代においても、入学式や卒業式、入社式などには、その後の変化というものがあります。しかし、現代の成人式には、それを迎えたからと言って、その日から何が変わるわけでもなく、それまでと同じ日常が続いてゆくだけです。
 これでは、成人式がイニシエーションとしての意味を持ちえるわけがなく、参加者にとっては、せいぜい顔なじみや旧友と顔を合わすだけのイベントとしての意味しかありません。それでは、成人式を迎えた新成人なる人たちの内面において、明確な変化が訪れるはずもありません。公的なイニシエーションを持たない現代の若者は、自分にとってのイニシエーションというものを自ら見出してゆかねばならないのでしょう。
 とは言え、あれだけの幼さを抱え込んでいるのですから、そのイニシエーションの時を迎えるまでには、まだまだ時間がかかりそうですが。

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