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zoom RSS ああ、そうか

<<   作成日時 : 2004/04/15 03:56   >>

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icon 現在のイラクの情勢やそれに関わる国内などでの動きに対して、本当は私の中に言うべきことなど、たいして残っていないのかもしれない。すでに愛想を尽かし、「何を今さら」「またか」、そんな感慨が不快さとともに心の底に澱のように溜まっているだけなのかもしれない。

 拘束された3人がどうなろうと、そんなことはどうでもイイと思う。治安が悪化しているどころか、再び戦時下となったイラクにあえて入ったのだから、そのことに対する代償は本人たちが支払えばいい。
 もちろん、無事に帰ってこれれば、それに越したことはない。しかし、殺害されたとしても同情する気にはなれない。だからと言って、今、そのことを非難する気もない。非難は無事帰ってきてからすればイイことであり、帰ってこれなければ、その代償を自らの命で支払ったということなのだから、そこに非難を重ねる気は起きない。
 拘束された3人の家族に対し、非難の声を投げつけたり、イヤがらせをしたりする輩もいるようだが、そんなどうしようもないクズどもに言うべき言葉など、見つかりようがない。自らを安全な地に置き、不安の中にいる人をいたぶることで、お粗末な自身を満たそうとする。クズはどこまで行ってもクズでしかない。
 一方で、人質となった3人を解放してもらうために、自衛隊の撤退を求める活動もあるが、これもまたおかしなことであり、「今さら何を」「またか」としか言いようがない。
 昨年の衆院選で与党が過半数を獲得した時点で、自衛隊のイラク派遣は国民によって承認されたことになる。あのとき、4割以上の人間が投票を棄権し、さらに残る6割以下の人間の過半数が与党の政策を是としたことで、現在の状況はもたらされた。それを今さら、自ら危険な場所へと進み行った3人を助けるためなどという理由で撤退を求めるのは、実におかしなことだ。
 しかも、人質救済のために撤退を求めることが正しいという思いさえ見られる。情緒に流されているばかりでなく、そこに「正しさ」さえをもまとおうとは、愚かとしか言いようがなく、そうした行動を見るのは不快でさえある。現在の状況が自分たちの選択がたらしたものであるにもかかわらず、その結果を引き受けようとせず、情緒に流され、自らを「正しさ」の中に置こうとするのは、無責任である。

 今回の件では、自衛隊の撤退の必要はない。だが、それは「テロに屈することになるから」などというくだらない理由からではない。そもそものところ、安易に相手をテロと断定するつもりもなければ、「テロと戦う」などというアメリカの「正義」も私は認めていない。
 いったい何のための自衛隊のイラク派遣なのか。その理由とそこへと至る過程を考えれば、人質救済のためなどという情緒的な理由からの撤退など認められるはずがない。
 自衛隊のイラク派遣は、国際貢献や人道支援などというおためごかしの理由を掲げ、「まず派遣ありき」でなし崩しに事を進めていった結果である。また、その派遣を国民は選挙で承認したのである。
 ならば、撤退はその理由となったものが解消されるか、もしくはそれが誤りであったことを認めた結果でなければならない。そうでなければ、派遣へと至ったプロセス同様、撤退もなし崩しに行われることとなる。それでは、これまで通り、グズグズのプロセスが残るだけであり、自衛隊のイラク派遣にも意味はなく、この国の人と政治のありようも何ら変わることがない。

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