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<<   作成日時 : 2005/09/26 06:16   >>

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icon お互いに自分で自分の首を絞めているような感じですね。
 というのは、国語の教材における長文の著作権問題のことです。

 朝日新聞のサイトによれば

 国語の長文読解問題なのに、肝心の「長文」がない。ドリルなど副教材を作っている教材出版社が小学生向けに作る教科書準拠型のテストや、大学入試の過去問題集の一部で、そんな「異常事態」が続いている。理由は著作権。長文の作者である作家らの利用許可が得られていないためだ。来月にも新たな提訴が予定されるなど、教材分野でも、著作権紛争が熱を帯びている。

 とのことで、教科書準拠型のテストでは長文が載せられないために、教科書を読みながらテストを受けるなどとという妙な事態が起きているそうです。

 現場には戸惑いも生じている。
 漢字の書き取り問題は、教科書を見るとテストにならないため、あらかじめ別のページに印刷されている。教室では長文問題を終えて、教科書を片づけてから改めて書き取りテストを配布する。1時限に2回のテストをする格好で、ある小学校教諭は「手間がかかるようになった」と話す。テスト時に使うことを念頭に「教科書の重要個所に線を引くように、といった指導が難しくなった」ともいう。

 これって、本当なんでしょうか。
 教科書に書き込めないんじゃ、国語の授業にならないでしょう。授業にしても試験にしても、文章の読解はテキストを汚してなんぼのもの、それができないというのでは、国語の学力なんか伸びやしません。そんな話にならない状況を放置しているとは、さすがに考えにくいです。
 それに、抜け道はあるでしょ。テストに長文は載せることはできなくても、教師が該当箇所をプリントして配るということは可能でしょう。教科書に載っている文章なら、テキストデータとして教科書会社から配付されているはずですから、それをワープロソフトで取り込めば、さして手間もかからないですし、それ以前に、教科書会社から配付される指導書にもテスト問題はついてるはずです。

 だいたい試験の問題なんか、自分で作るものでしょう。あたしが高校の講師をやっていたときは、試験の問題は自分で作ってました(高3の現代文は教材も自分で使える文章を調達したし)。
 確かに、教師にはあれこれと雑用も多いですし、小学校だと、中高と違って教科別ではなく、クラス別で教えていますから、テストの問題を作るのも面倒なのかもしれません。しかし、生徒の習熟度を計ろうとするなら、また、自らの教え方の良し悪しを計るのなら、テストは自らの手で作るのが当然です。何をどう教えたのかは、自分が知っているのですから。
 無論、クラスごとに試験問題が違っているというのでは、成績をつける際の基準が変わってしまいますから、テストの作成は教師ごとに分担するという形にはならざるをえないでしょうが。

 とは言え、小学校の現場がどうなっているかは私にはわかりませんので、この「現場での戸惑い」なるものが、本当なのかどうなのかについては疑問のままにしておきます。
 それよりも疑問に感じるのは、作家とその著作権の管理している団体という著作権を有する側と、教材会社とその関連組織という著作を利用する側とのごちゃついた関係です。

 朝日新聞のこの記事によれば、今回の件に関わっている著作権を管理している団体は、約2800人の作家の著作権を管理している日本文芸協会と、児童文学者など237人の会員の著作権管理を委託されている株式会社日本ビジュアル著作権協会(JVCA)の2つとのことです。そうして、教材出版社側には、社団法人日本図書教材協会(日図協)という団体があるそうです。また、教材出版社ではないものの、作品を利用するということでは、予備校などもあります。
 この中で、問題の中心にいるのはJVCAのようです。

 長文が掲載されていないのは、株式会社・日本ビジュアル著作権協会(JVCA、曽我陽三理事長)に著作権の管理を委託している児童文学者らの作品だ。JVCAの会員数は237人で、05年の小学校国語教科書に載っている全作品のうち約2割が同会員のものという。テストなどに使うことに関し、会員と多くの教材出版社との間で合意が成立していないのだ。

 教材出版社で作る社団法人・日本図書教材協会(日図協)によれば、全国の小学校の7割ほどが、教科書準拠型のテストを導入している。1学期分260〜280円ほどで、テスト代は普通、保護者が負担している。
 大手教材出版社8社のうち、JVCAと合意しているのは明治図書だけ。それ以外の7社のテストで、こうした「長文欠落現象」が起きている。99年に、JVCA会員の詩人・谷川俊太郎さんら9人が著作権を侵害されたと東京地裁に訴えたのがきっかけだった。来月には作家ら約30人が教材出版社約30社を相手に第3次訴訟を起こす予定だ。

 ある大手予備校で今春からJVCA会員の作品を、教材や模擬試験に使わないことにするなど、波紋は広がっている。

 しかし、教材出版社側に問題がなかったといえば、そうではなく、

 日図協は従来、加盟する教材出版各社から負担金を集め、教科書会社側の団体に「使用料」(04年度は1億8900万円)として支払ってきたが、著作権者の手元に渡ることはなかった。

 ともあり、ここには教科書会社側の団体というものも絡んできていて、さらにわけがわからなくなっています。
 調べてみると、教科書側の団体というのは教学図書協会(JACTEX)のことで、もともとこの団体は教材会社との著作権紛争から設立されたものだそうです。

 主として、教材会社等が教科書に準拠した教材を作成・発行する場合に、教科書の著作権等を守ることを活動目的としました。
 具体的には、教材会社およびそれらの団体または一般からの教科書利用の申し出に対する相談窓口および権利処理機関として、教科書利用の許諾の諾否、使用料の算定・徴収・教科書発行会社への分配等の業務を遂行してきました。
<「教学図書協会とは?」より> 

 そうして、教学図書協会と日本図書教材協会は法定での和解によって、前者が後者に対し、教科書やその指導書を提供する代わりに、後者は前者に教科書利用の謝金を支払うという取り決めがなされました。ただし、これは日図協のサイトの「教科書会社との著作権問題」というページにある「昭和51年度更改の基本契約書」からのもので、現在の取り決めがどのようなものかはわかりません。しかし、そのような経緯から現在も支払われているのが朝日の記事にあった「使用料」であり、それは教科書会社の著作権を保障するものであって、教材の中で作品を利用されている作家の著作権を保障するというものではないようです。
 こうなってくると、自らの著作権は主張しておきながら、作家の著作権については知らんぷりという教学図書協会の姿勢にも、問題があるようにも思えてきます。もちろん、教学図書協会によるのか、各々の教科書会社によるのかはわかりませんが、教科書会社側から教科書で使用している作品に対する著作権料は支払っていることだろうと思います。しかし、教科書を元にして作られた教材に関しては、会社もその所属団体も違うから、そこでも利用されることになった作品の著作権の問題は別の問題であって、自分たちは知らんというのには疑問を覚えます。しかし、企業の論理としてはそれが当然なんでしょう。
 それにしても、朝日新聞、教学図書協会と日本図書教材協会による著作権の争いに言及することなく、単に「使用料」のことだけを指摘して、「著作権者の手元に渡ることはなかった」と書くのは、問題あるでしょう。確かに、私も教学図書協会の姿勢には疑問を感じてますけど、これじゃ、教学図書協会がその「使用料」を作家に渡さず、自分の懐に入れちゃっているみたいじゃないですか。

 閑話休題、この教学図書協会と日本図書教材協会による教科書の著作権の争いのことを知ると、日本図書教材協会とそれに属している教材出版社は、過去においては教科書会社の著作権を、現在においては作家の著作権を侵害しており、問題の原因は教材出版社側にあるとしてしまいそうですが、やはり問題はそう簡単ではないようです。

 日図協は、教育分野で作家ら約2800人の著作権を管理している日本文芸家協会とはテストへの掲載に関して合意している。文芸家協会とJVCAとでは、著作権料の計算方法がかなり違うため、1ページの半分ほどを占める長文なら、後者だと3倍程度になる。
 過去の使用分については、文芸家協会が通常の使用料の年数分を求めているのに対し、JVCAの場合、会員によっては「違法使用」だったとして、使用料の3倍を求めるケースがある。

 日本文芸協会との合意はなされているものの、JVCA側との合意はいまだなされておらず、その要因は著作権料とのことです。
 実際に、著作権料においてどれぐらいの開きがあるのでしょうね。また、教科書で使用されている場合との違いも気になります。このあたりの具体的な数字がわからないと、日図協側とJVCA側のいったいどちらが、無理を言っているのかの判断がつきません。
 ただ、この記事を読んだかぎりだと、日本文芸家協会の3倍などという額をふっかけているJVCA側に問題があると思いますけどね。それに、過去の使用分についても、「違法使用だったのだから使用料の3倍払え」なんて会員がいるJVCA側の印象は悪いです。

 実際のところは、どうなんでしょうね。JVCA側はそんなに業突く張りなんでしょうか? それとも、日図協がシブチンなんでしょうか?
 いずれにしても、両者が自分の要求を主張するばかりでは、互いに自分で自分の首を絞めることにつながると思います。言うまでもなく、教材出版社側にとっては、そこで利用する作品はメシの種、JVCA側との合意がなされなければ、不完全な教材を販売し続けなければならず、それでは売り上げの減少につなってゆきます。
 もう一方のJVCA側だって、「要求するだけの著作権料を支払わないのなら、作品の使用は認めない」と突っぱねてしまえば、確かに教材出版社側を追い込むことは出来るでしょう。教科書では使用されており、その分の使用料は確保できていますし。
 しかし、朝日の記事にもあったように、大手の予備校にそっぽを向かれたり、受験参考書で作品を用いられなくなったりするという事態は、その会員である作家に損失をもたらしかねません。
 試験問題や教材を利用するエンドユーザーは、生徒です。かつて生徒だった私の経験から言えば、そうした試験問題や教材は、作家とその作品に出会う重要な機会でした。模擬試験や教材で扱われていた作品から興味を持ち、その作家の他の作品を読んでみたということは何度もあります。
 つまり、試験問題や教材で用いられるということには、宣伝効果があるということです。しかも、新聞や雑誌での広告や紹介とは違い、模試などで使われれば確実にその文章は読まれます。活字離れ、読書離れが進んでいる現在では、そのような宣伝効果はより高くなっていると思います。
 もちろん、教科書で使われることもあるでしょうが、教科書には学習指導要領などの縛りがあり、あたり障りのない文章が選ばれます。また、そのとき受けていた授業がつまらなければ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎しで、そこで扱われた作品までもがつまらないとされてしまうこともあります。しかし、予備校などの試験問題や教材には、教科書のような縛りがないだけでなく、文章表現や内容にクセがある作品が良く取られます。
 こうした宣伝という一面を考えると、大手の予備校や受験参考書でその作品が用いられることがなくなるというのは、職業作家にとっては損失につながってゆくことだと思います。どんなに高尚なことを言っていたって、作品は売れてなんぼ、読まれてなんぼのものです。読まれなくなった作品に意味などありません。
 著作権料に拘泥して、読まれる機会、知ってもらう機会を失ってゆくのは、やはり自らの首を自らの手で締めるようなものです。また、エンドユーザーが誰であるかを考えれば、言語表現を糧にしている者としては、次の世代の国語力を育むために自らの作品が用いられるということに対し、ある程度の譲歩があってもイイのではと思っています。本を読まないばかりか、文章さえも読めないなんてぇのがうじゃうじゃ出てきちゃったら、作家もオマンマ食い上げでしょうから。

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