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zoom RSS 頑張らなくていいんだよ

<<   作成日時 : 2008/05/27 23:58   >>

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icon 昨日の夜、テレビのニュース番組を観ていると、元TBSのアナウンサーの川田亜子さんが自殺したというニュースが報じられました。その名を聞いてもすぐさまどんな人だったかも思い浮かばず、興味の対象となっていた人ではなかったけれど、なぜか「どうして?」と引っかかるものがあって仕方がありませんでした(今、Wikipediaで調べてみたら、『ネプ理科』に出ていた人だったんですね。この番組はちょくちょく観ていたので、それで思い出すことができました)。

 元TBSアナウンサーで、フリーで活躍していた川田亜子さん(29)が26日午前6時15分ごろ、都内の路上に駐車された乗用車内で練炭自殺しているのを発見された。所属事務所によると、5月上旬から精神的に不安定だったといい、自身のブログでも「一番苦痛であります」「いまはせつないです」などと苦しい胸の内を明かしていた。将来を嘱望された美人アナに、いったい何があったのか…。

 前途洋々であったかどうかなんてことは私にはわかりませんが、少なくともフリーアナウンサーに転身し、30歳となる一歩手前で「さあ、これから」と言えるときの自殺。このニュースを知ったときには、「どうして?」「もったいないな」と思うとともに、何とはない寂しさと言うか、悲しさと言うか、切なさと言うか、はっきり「これ」とは言えないけれど、滲んだ薄墨のような感じで何かが欠落しているという不安定な気持ちにさせられました。
 その後、サンスポやスポニチのサイトを見てみましたけど、自殺へと至るような明確な原因は不明と報じられていました。
 と言っても、私は自殺の原因が知りたかったわけではありません。自殺の原因などというものはそう簡単にわかるものではないし、もしかしたら自殺した本人すらもその原因はわかっていないのではないかという考えを私は持っています。ですから、自殺の原因に関しては興味はありません。
 もし仮に原因らしきものがあったとしても、それを知ったからといって、自分の中に生じた不安定な気持ちが解消されるわけではないということもわかっています。人の死に対して何かを感じるということは、そんな簡単なものではありません。
 ただ、この曖昧で不安定な気持ちが何とも居心地が悪く、その居心地の悪さから記事を読むことでじたばたしてみただけのことです。

 人の死、とりわけ自殺に関してとやかく言うのは好きではありませんが、記事を読んでみて私がまず感じたのは「鬱病だったのかな」ということでした。もちろん、そんなものはただの素人判断ですし、「だからどうした」というレヴェルの話でしかありません。ただ、報じられているここ最近の状態を読んでみると、鬱のスパイラルフォールに落ち込んでいるように思え、「底まで行ってしまったのかも」ということを感じたのでした。
 しかし、それ以上に強く感じたことは、「この人は真面目だったんだな」ということであり、「今までずっと頑張り続けてきたんだろうな」ということです。

 頑張ることや努力することは美徳であり、イイことだとされています。特に、日本では頑張りや努力をありがたがる傾向が強く、頑張りや努力を強要する雰囲気さえあります。また、「頑張れば物事は成就する」「努力すれば望みは叶う」などという信念とも信仰ともつかぬ考えも存在しています。
 確かに、事にあたるに際し、頑張り努力することは必要なことです。また、「ここで頑張らなければいつ頑張るんだ」という時があることも確かです。
 しかし、だからと言って、頑張ったからといって必ずしも成功するとは限りません。残酷な言い方かもしれませんが、報われぬ努力というものも存在するのが現実です。頑張りや努力は必要条件ではあかもしれないけれど、事を成就するための十分条件ではありません。また、何が何でも頑張らねばならぬ時があるというのも事実ですが、そういう時があるということは、逆にそうではない時もある、つまり適当で構わない時もあるということです。
 にもかかわらず、頑張りや努力が美徳とされるばかりか、「頑張れば物事は成就する」「努力すれば望みは叶う」などという度し難いほどに思い上がった考えがはびこるようになれば、頑張りや努力は強要されるようになります。そうして、そんな風潮から生まれてくるのは「物事が上手く行かないのは本人の努力や頑張りが足らないからだ」などという人を蔑ろにするどうしようもない考えです。
 そんな風潮の中では、真面目で責任感の強い人ほど、周囲ばかりか自分自身からも始終追い立てられるようになり、頑張り続け、努力し続け、自らを磨り減らしてゆき、崩れ、壊れてゆくようになります。頑張りや努力は、その人にとって必要なことであり、その人のためのものであるからこそ意味があるのに、それが当の本人を追い込み、破綻へと向かわせているのでは本末転倒です。

 川田亜子さんの自殺が、そうした真面目な人の頑張りの果てに行き着いてしまったものなのかどうかはわかりませんし、また「そうであろう」とするつもりもありません。その原因を探ることは、私の本意ではありません。
 ただ、このニュースを知ったときから生じている曖昧で不安定な気持ちから、いくつかの記事を読み、私が感じている、この何とはないものであるけれど、自分の中で小さく何かが欠けているということはわかる感じと折り合いをつけたくて、その穴に言葉で継ぎを当ててみただけのことです。

 故人のご冥福をお祈りします。

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